横浜国立大学グローバルCOE アジア視点の国際生態リスクマネジメント生物多様性アジア戦略
そのアフリカで僕は偶然に、世界中、地球一周分を歩き、平和の木を植え続けている 英国人のポール・コールマン氏に出逢いました。 |
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僕はその生き様に感動しました。 |
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彼は14年間、何の組織に属することなく、たった一人で地球を歩き続け、木を植え続けていました。 僕は放浪の旅が終わったら、何処かの会社に就職するつもりでした。それが当たり前だったし、それ以外の生き方を思いつくことは出来ませんでした。 |
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ポールさんは、20世紀に戦争で亡くなった全ての犠牲者1億人の為に、1億本の鎮魂の木を植える旅をしていました。 「鎮魂」これは目に見えることではありません。そして東洋的な思想であり、そんなことをイギリスの人がやっているということに驚き、 そして感銘を受けました。「是非僕も旅に同行させて下さい。」とポールさんに頼み、いつしか僕は、放浪の旅人から、歩いて木を植える人になりました。 |
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ポールさんと共に、アフリカを歩いて木を植える旅が1年間続きました。 |
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ポールさんが教えてくれたこと。それは、個人の力です。一人で地球を歩き、木を植え続けながら、 「一人は無力じゃない。個人でも世の中に変化を起こすことが出来る。」ことを体現してくれていました。 |
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日本に帰ったら何処かに就職して生きて行くことしか考えられなかった僕に、ポールさんは全く違う生き方を教えてくれました。 正に人生の「多様性」を身をもって教えてくれたのです。 |
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ポールさんとの出逢いから7年近くが経ち、僕は今、「地球を歩く、木を植える」ことをライフワークとしています。 |
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一緒に北海道から鎌倉まで歩いて木を植えた亜衣ちゃんと結婚して、長男の一心が生まれ、今年は亜衣ちゃん、一心、 仲間と共に半年かけて日本列島を歩きました。 |
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日本列島を北から南まで歩くのはこれで2回目です。歩く度に、日本という国はこんな小さな島国なのに、 これだけ多様な文化が調和、共存していることに驚きます。歩く度に、僕は日本のことを何も知らないんだなと実感させられます。 |
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ただ、国土の7割を占める山に関しては、何処に行っても関心する位に、本州であれば杉やヒノキが整然と植えられていて、 その姿には危機感を感じます。 |
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ある日、そんな杉山を歩いていてふと思いました。整然と並んでいる杉山が、制服を着た軍隊の様に見えたのです。 皆、同じ格好をして綺麗に一列に並んでいます。そこには自然が本来持つ「多様性」は無く、どこか寂しい感じが漂っています。 |
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やっぱり日本の森は本来そうであった様に、個性のある樹木同士が調和して、共存している、 生き物で溢れる多様性のある森であって欲しいです。 |
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今回、「多様性」というテーマで文章を書く機会を頂き、自分の人生を改めて振り返ってみて、 この「多様性」の追求こそが自分の人生のテーマであり、そして、これからの地球を生き抜くキーワードだと感じました。 |
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今までの人生の節目、節目で出逢った素晴らしい人達は、僕に、「人生、色んな生き方があるんだよ。君は君でいいんだよ。」 ってことを教えてくれました。 |
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それぞれがそれぞれの個性を重んじて、その個性同士が調和した時には、自然の森の様に、生命力に溢れた元気な社会が 出来上がるはずです。 |
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来年の夏には家族が一人増えます。僕はこれからも、家族、仲間と共に「地球を歩く、木を植える」活動をライフワークとして、 多様性に溢れる社会作り、自然作りのお手伝いをして行きたいです。 |
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| ポール・コールマン氏のサイト www.earthwalker.com ロン・チョン氏のサイトhttp://ronchoong.com/ 中渓宏一のサイト www.seedman333.org 中渓宏一の本:「地球を歩く、木を植える」エイ出版社 |
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| 中渓 宏一 | |
僕は今年、家族、仲間と共に半年間かけて日本列島を歩いて縦断、木を植える旅をしました。 「地球を歩く、木を植える」ことは僕のライフワークです。 |
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道中の、主に小学校で木を植えます。子供たちに木を植えることの楽しさ、大事さを体感してもらい、 次には子供達が自分で地域の山からドングリ等の種を拾い、苗木を育てて、植林して、地域の森に活力を与える。そんな活動につながることを目指しています。 |
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今、自分の人生を振り返ってみると、学生時代の僕は、まさか自分が歩くこと、木を植えることをライフワークにする人生を歩むとは 思ってもいませんでした。どうしてこんな人生を歩む様になったのか。一言では書ききれませんが、敢えて言うならば、それは個性的な生き方をしている方達、 つまり「多様性」のある生き方をしている人達との「出逢い」によってです。 |
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そう、やっぱり人生、「出逢い」が全てなのかもしれません。 |
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僕が今日の僕に至るまでの、そんな大事な出逢いについて幾つか書いてみようと思います。 |
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学生時代、僕はロンという敬虔なクリスチャンに出逢いました。彼はマレーシアで育った華僑です。 僕が出逢った1992年当時、彼はニューヨークで弁護士をしていましたが、それから程なくして、キリスト教の正しい理解を広める為に、 彼は弁護士を辞めて牧師になりました。 |
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一緒にアラスカや欧州を旅している間、彼は僕にキリスト教のことを色々と教えてくれました。それは僕にとって、 キリスト教の基盤の上に成り立つ西洋のことを理解するための貴重な機会になりました。 |
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ハリウッド映画を観て、リーバイスを履いて、アメリカに憧れて育った僕にとっては、西洋、つまり、アメリカやヨーロッパは憧れでした。 そして、アメリカやヨーロッパを旅している時に目にするビジネスマンが偉く恰好良く見えました。世界をアタッシュケース一つで駆け巡っている。 そんなイメージです。そして僕は、大学を卒業すると、そんなイメージを一番叶えてくれそうな商社に入りました。 |
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商社では願い叶って、インドネシアやチェコ、ポーランドで仕事をさせて貰いました。そんな異国での生活のお陰で、 僕の世界観はどんどん広がり、やがてもっともっと世界の「多様性」を体感したくなり、旅に出ることを考え始めます。 |
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その時、相談に乗ってくれたジョンは、これまた、たまたま、敬虔なクリスチャンなのですが、 「今の仕事で考えられる一番楽しいポジションに居る自分と、旅をしている自分とを比べてみて、どっちが輝いて見えるかで判断したら?」 という素晴らしい助言をくれて、僕は旅に出る決意が出来ました。 |
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仕事を辞め、僕が向かった先は憧れの街、ニューヨークでした。そこで出逢った人達は、東京以上に厳しい競争社会に生きている人達が多く、 憧れの地が、行ってみると実はそんなに憧れでは無いかも知れないということに気がつきました。 |
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そのニューヨークで出逢った画家のテリーが、144年に一度の「クンバメラ」というインドのお祭りに行くというので、 僕もインドに行くことにしました。一体そのお祭りがどんな内容なのかもまったく知らずに。 |
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実際にそのお祭りに行って見て驚きました。そのお祭りの目的は聖なる河で沐浴することでした。沐浴する為に、1ヶ月の間になんと7千万人もの人がインド中から集まっているのです。 広大な川辺にただただ沐浴に集まる人達の姿は、恐らく何千年もの間変わらぬ風景で、僕はその姿に衝撃を受けました。僕が憧れていた西洋の世界とは違う、 太古から変わらないシンプルだけど力強い、生命力に溢れた世界がそこにはありました。 |
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僕もその河で沐浴をして、そこから本当の放浪の旅が始まった気がします。インドからネパール、そこからアフリカ大陸、欧州、中南米。あっという間に旅を始めてから2年が過ぎました。 |
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南アメリカは自然の宝庫でした。標高6千mのアンデス山脈に登ったり、9日間山の中を歩き続けるトレッキングツアーに参加したりするうちに、僕の興味はどんどん「自然」に向いてゆきました。 |
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ある程度南米を旅した頃、そろそろ日本に帰ろうかと思いましたが、その前にもう一度アフリカに行きたいと思いました。色々な大陸を旅する中で、アフリカの人達は一番、野性味溢れ、シンプルに、自然体で、生命力に溢れる人達の様な気がしました。僕はそこに強く惹かれていたので、もう一度アフリカに行ってから日本に帰ることを決めました。 |
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| 後編に続く | |
| ポール・コールマン氏のサイト www.earthwalker.com ロン・チョン氏のサイトhttp://ronchoong.com/ 中渓宏一のサイト www.seedman333.org 中渓宏一の本:「地球を歩く、木を植える」エイ出版社 |
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| 中渓 宏一 | |
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これが私の名刺です。「どっちが菜央ちゃん号ですか?」とからかわれることもあります。私が研究しているのは, 日本の闘牛。牛同士を闘わせて,先に逃げた方を負けとする伝統行事です。岩手県久慈市,新潟県中越地方,島根県隠岐,愛媛県南予地方, 鹿児島県徳之島,沖縄県の全国6か所で行われています。その始まりは,古くは鎌倉時代と言われています。農耕牛の力比べが,農閑期の娯楽に発展したようです。 | ![]() |
私の闘牛との出会いは,約10年前。私の専攻している地理学では,毎年夏に1か所で合宿し,各自が調査をしてレポートを書く という課題があります。私にとって初めての合宿先が,闘牛が行われている愛媛県宇和島市でした。農業で牛を使わなくなった現代も,わざわざ専用の牛を飼って, 闘牛を続けているのはどうしてだろう?という疑問から,私の研究は始まりました。これまで,牛と言えばミルクと肉くらいしか発想できなかった私の「牛観」は, 見事にくつがえされました。闘牛では,人が牛を育てているように見えて,牛が人を育てているのです。牛の売買は,それまで顔見知り程度だった牛主同士が 兄弟のような付き合いを始めるきっかけになります。家族は,牛の応援を通して結びつきを強くします。若者は,強い牛を育てようと試行錯誤する中で, 努力することを知り,地域への愛着を強めます。闘牛における人と牛との関わりは,人間と生きものとの関係が一方的なものではなく, お互いにダイナミックに影響し合っていることを教えてくれます。私は,闘牛を通して創られる人々の社会関係を「牛縁」と名づけました。 |
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研究を進めるうちに,自分自身も牛縁の一部に入り込んでいることに気付きました。今では,徳之島で,闘牛用の牛の共同オーナーの1人になっています。 闘牛を研究している私を応援して,仲間たちが私の名前を牛に付けてくれました。それが突撃菜央ちゃん号です。1年に数回しか会えないけれど,島の人たちと 菜央ちゃん号は,私にとってかけがえのない存在です。牛を育て上げる繊細な心遣い,勝負の前の張りつめた緊張感。牛主としての生の体験が私の心の血や肉となります。 牛に育てられているのは,誰よりも私なのかもしれません。そんなわけで,私は自己紹介代わりにこの名刺を持っているのです。 |
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参考文献:石川菜央 2008. 徳之島における闘牛の存続と意義. 地理学評論 81: 638-659. |
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| 石川 菜央(広島大学総合博物館) | |
環境権を主張する前に関係者同士の合意形成を 環境権が主張される事案は今後いろいろと提起されていくと思われます。 |
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同時に、デュープロセスの確保の観点から新たに環境裁判に特化した訴訟手続法の制定も必要だと思いますが、 私は、その一方で環境権をめぐる諸問題への対応措置として、まずは、当事者による紛争処理制度の活用を積極的に図り、 それでも無理な場合には司法的解決に訴えるというスキームを確立することが重要であると考えます。 |
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その解決策の一つとして、一つの提言をご紹介します。 |
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環境政策における合意形成の手続を重視する手法は、既に個別の環境保全(環境影響評価法や河川法等)においては導入されていますが、
現実には、ある地域の環境改変を巡り、長期にわたり深刻な紛争が発生する例が後を絶ちません。 |
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環境政策における合意形成の手続を法的に保障するために、まずは環境改変の実施対象と実施段階の区分の明確化を行う。 その上で、環境改変の手続については、まずは良好な環境に関する価値判断の場の設定を義務づけ、環境改変に関する意思決定を行う手続を定め、 環境改変の実施行為の手続を法的に定める、というのが提言の骨子です。 |
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環境改変に関わる紛争を解決する上での一つのアイデアとして、環境を権利義務でとらえるのではなく、 さらには、環境を一義的に定義づけるのではない形で、まずは、関係者相互で合意形成を図っていくという日本の法文化に即した制度を 構築していくことも必要ではないかと考えている次第です。 |
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| 以上 | |
参考文献:桑子敏雄「環境の哲学」講談社学術文庫 |
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| 小清水宏如(環境政策ネットワーク ・副代表幹事 ) | |
| 環境権の対象範囲とその類型化 しかしながら、近年、動物の名前で訴訟を起こす事案に代表されるような自然の権利訴訟や住環境やアメニティを守る景観権訴訟等新たしい 形態の訴訟が出てきています。 |
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当初は、公害被害に対する救済の方策として捉えられていた環境権もその概念が徐々に幅広くなり、 今や環境権の対象範囲は、包括的に捉えられているといえます。 |
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これまで環境権を主張する様々な裁判が提起されてきましたが、環境権を主張する具体的背景に起因する態様や対象範囲を まずは類型化していくことにより、環境権を捉える上でのひとつの視座になるのではないかという観点から、以下のように大きく4つに分けてみました。 |
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(※なお、(例)の判決等はあくまでも代表的な訴訟を記載) |
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(1)公害被害補償型環境権 |
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(また、訴訟として提起された事例はこれまで存在していないが、利害関係者が錯綜しているグローバルな 地球環境問題(例:温暖化による海面上昇による水没)に対応した環境権として「地球環境問題型環境権」を主張する裁判も想定されますが、 本稿では、指摘だけに留めておきます。) |
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| 環境権に対する問題提起 前項の大まかな区分(ある意味、筆者による主観的な区分ではありますが)のとおり、環境権が主張された裁判例を精査していくと、 一口に「環境権」とはいうものの争われている問題やテーマに応じて(もちろん、訴訟の性格が行政か民事かという区分もありますが) 権利の対象範囲やその内容が当然のことながら個別の事例ごとで違っていると思います。 |
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このような実情を踏まえると、環境権を憲法や法律で明記する場合に、「一律に」環境権の内容を明記することが 果たして妥当であるのか?という問題があると思います。 |
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特に、憲法で環境権を包括的に認め、明文化する場合においては、相当に慎重な対応をする必要があると思われます。 なぜならば、裁判例を見るかぎりにおいて、どのような「環境」が侵害されて、どのような「環境」を守ることができるのか?という問題を考察する際に、 そもそも「環境」に対するイメージや態様が違うため、事実上、判断者の主観によるところが大きいわけです。あくまでも人間が生活をする上で最低限度の 保障が必要だと思われる領域が個々人の主観的な視点に起因するため、画一的にできないという問題もあります。もっとも、一律に要件や基準を定めること ができれば、それに越したことはないわけですが、裁判所でもケースごとに精査して個別に判断をしてはじめて侵害内容とそれに対する法的な救済について 言及することができるわけです。 |
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さらに、環境権をめぐる紛争が裁判所に持ち込まれた場合、この定義をめぐって事実認定だけで長期化するケースも考えられます。 長期化するとなると、法的利益がその分だけ損なわれてしまうわけで、訴訟がベストな解決策かといわれれば、それは最後の砦のような気もします。 |
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いずれにせよ、環境権を認める/認めないに関わらず、現状のままでは、「環境権」の基盤たる各個人の権利対象となる環境の範囲、 すなわち、環境を構成する内容、性質、地域的範囲などをあらかじめ確定することは容易ではなく、事前差し止めの法的根拠としての私権性を認めることもかなり困難 であると考えます。 |
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(下)に続く |
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参考文献:桑子敏雄「環境の哲学」講談社学術文庫 |
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小清水宏如(環境政策ネットワーク ・副代表幹事 ) |
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| はじめに 環境権とは、良好な環境を享受する権利と定義されています。昔は公害紛争の時代によく出てきた言葉であり、 「動物の権利」訴訟があった時期に、幅広い視点からの議論もありましたが、本稿では、あくまでも、基本的人権の一つとして環境権について述べていくことにします。 |
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現行の日本国憲法には、環境に関する条項が何も明文化されていないため、憲法改正議論の中で、環境権」を新しい権利として 「明記すべきであるとの意見がよく出されます。ただ、憲法改正の争点としてみたとき、環境権を明記するかどうかという問題は、どうしても影が薄いのが現状であり、 真っ向から反対をする政治家・政党もほとんどないのが実情でもあります。(ただし、憲法改正を警戒する勢力からは憲法を変えることへの警戒感から反対するという 主張が一部ありますが・・・・) |
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環境権という概念は、本当に日本の風土にあうのかどうか、環境問題を解決する手段として妥当なのかどうか、 という観点で議論がなされていないように思います。そのあたりのところを今回はいろいろとかいてみたいと思います。 |
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| 環境権の現状 憲法上、「環境権」をどのような性格の権利としてとらえ、根拠づけるのかについては論争があるものの、 内閣法制局は『「環境権」という名前の権利が憲法上保証されているわけではないが、 憲法25条第1項(※「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」)に依拠して 国は国民が健康で文化的な最低限度の生活ができるように環境保全のための諸施策を実施する責務があり、 この責務を果たすための基本理念であるので、憲法25条に由来する・・・・』として、「環境権」の根拠規定を憲法25条に求めています。 |
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法令レベルでは、そうかといえば、「環境基本法」では、「環境権」を明確に規定するまでには至っていません。 しかし、環境基本法第3条では「・・・・現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である 環境が将来にわたって維持されるように適切に行われなければならない。」と基本理念の一つとして含みを持たせています。ただ、その一方で、 地方自治体の中には、理念として崇高に謳うといった形で環境権を認めたり、条例の中で環境権を明文化するところもでてきています。 |
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判例においては、原告からの環境権の主張に対しては肯定も否定もせずに別のアプローチから原告の主張を認めた判決や環境権の主張の一部を実質的に考慮した判決も見られますが、多くの事例で「環境権は、実体法上の根拠がなく、対象となる権利の内容、成立要件、権利主体の範囲、侵害の概念等がいずれも不明確である」「環境権の憲法上の根拠と考えられる13条や25条は国の国民に対する責務を定めた綱領規定(プログラム規定)であり、これらの規定自体は個々の国民に国に対する具体的な内容の請求権を付与したものではないことから、法的保護の対象とならない」という判旨で退けられているのが現状です。 |
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| (中)に続く | |
参考文献:桑子敏雄「環境の哲学」講談社学術文庫 |
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環境政策ネットワーク(http://www.environmental-policy.net/) |
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| 小清水宏如(環境政策ネットワーク ・副代表幹事 ) | |
「明日やらなければならないことは、今日の内にやってしまうこと。これが人生の秘訣である。」 ベンジャミン・フランクリンの言葉を思い出しました。 |
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「環境を保護するため、予防的方策は、各国により、その能力に応じて広く適用されなければならない。」 ―1992年の国連環境開発会議(UNCED)のリオ宣言の原則15には、このように記されています。 |
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「予防的」とはどういうことでしょうか。同原則では、「深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、
完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由として用いられてはならない」としています。 |
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日本の法律では、環境基本法第4条に、「環境の保全は(中略)科学的知見の充実の下に環境の保全上の 支障が未然に防がれることを旨として、行われなければならない。」と定められています。これは、未然防止の考えだけでなく、 「予防原則」の考えも含んでいると考えられます。その他にも、化学物質審査法第3条および第4条、食品衛生法第6条などにも、 「予防原則」の考え方が見受けられると言えます。 |
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「予防原則」は、欧米を中心に取り入れられてきた考えですが、英国の「予防原則」について、触れてみたいと思います。 |
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予防原則による対策について、リオ宣言の原則15では、「環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策」とすべきことのみを記し、それ以外には必要とすべき予防的な対策には触れていませんが、無制限ということではありません。 |
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上記の良い規制の原則に従って、具体的には、予防原則を用いる際、まず、確かなシナリオを証明するために、 結果と見込みに関する推定をします。次に、ハザードや脅威に対処する方法を決定するためにリスクアセスメントとリスクマネジメントを行います。 意志決定の際には、適切なリスクマネジメントオプションを選択します。社会、政治、経済、そして、倫理等すべての関連する要素を集約して、 より適切な選択に努めています。 |
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ハザードや驚異の原因者に対しては、リスクの存在や安全性の証明を要求します。そのため、結果と見込みに関する推定には、意志決定に必要な情報を原因者が提供すべきと考えられています。 また、不確実性を減少させる追加情報が利用可能になった場合、予防原則に基づいて成された決定は積極的に見直され、修正すべきと考えられています。 |
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このように、ある状況が支障をきたしているとき、科学的不確実性がある場合でも、予防原則は重大な被害を避けるための決定を 促しています。 |
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・United Kingdom Interdepartmental Liaison Group on Risk Assessment References, 2002 |
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| 朝賀 広伸(沖縄大学・行政法・環境法) | |
(前編より続く)法律の執行強化は、より厳格な法システムの登場と歩調を合わせたものである。 第11期全国人民代表大会で採択された水質汚濁防止・規制法修正はそうした法システムの一つであり、そこで用意されているサンクションは厳しい。 この修正法は、2008年6月1日に施行され、水質汚濁の直接的な原因となる活動が発見された場合、当該活動を行った企業のトップは前年度の収入 の最大50%までの罰金を科すこと等が定められている。 |
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同修正法の制定以前、汚染企業のトップに対して用意されていた罰金の額はほんのわずかでしかなかった。 “これまでは環境法違反行為に対して用意されている罰金の額が低く、そのことが汚染の頻発につながり、われわれも頭を悩ませていた”とMEP(環境省、Ministry of Environmental Protection)のスタッフは語った。 |
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また、水関連の政策のうち、MEPが高い優先順位を付している分野の一つが飲料水の質の確保である。2007年に起こったTaihu 湾岸 における藻の大発生は、Wuxi市の100万人以上の人々に水不足の危機をもたらした。この事件を教訓として、MEPは同湾岸地域に流入する汚染物質の量をより厳格に規制す る方針を打ち出した。 |
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こうした施策を進めるに当り問題となるのが他の省庁との摩擦である。MEPは、省へ昇格する以前から、水管理政策の推進に際して、 建設関係や農業関係の省庁との紛争が絶えなかった。MEPへと昇格したことで省庁間紛争が緩和したわけではないが、中央政府関係者によれば、 今後、水質汚濁規制関連の法令上の権限は徐々にMEPへ集中されていくだろうとのことであった。なお、権限の拡大という観点では、 生物多様性保全の分野(全国生態保護地域の承認等)でもMEPは権限を拡大しつつある。 |
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先週末(*本記事が執筆された2008年3月末ごろ)の中国開発フォーラムにおいて、 MEPのZhou Shengxian 大臣は、法的、経済的、技術的及び行政的なアプローチを総動員して、経済発展の偏重に歯止めをかけ、 環境保護を進めることの必要性を力説した。この方向での政策は、持続可能なやり方で経済活動を進める企業に対する融資を行う措置等 によって一部実施されている。さらに、MEPは広く国民に対して、“開発優先(development is king)”の考え方を修正するような啓発活動にも取り組んでいる。 |
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* 原文 【英語】 |
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| Li Jing(China Daily 記者) | |
もう一回、ヒアリについて書きます(前編はこちらをクリック)。ヒアリの問題点は生物多様性を減らすだけではありません。 |
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このアリは強烈な毒を持っているのです。この毒は、人によっては強烈なアナフィラキシーショック (激しいアレルギー反応)を 引き起こし、死に至らしめてしまうのです!米国では、ヒアリによって、毎年約100人の死者が出ています。 この数字を多いとするか、少ないとするかはもしかすると意見が分かれるかもしれません。 国民比で換算して、もし日本に完全に定着したとすると、 年間50人の死者となります。これはスズメバチによる死者数と同じになります。 |
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ここで考えなくてはいけない点はヒアリによる死者が若年層に多いということです。 スズメバチによる死者は、40歳代以降の男性 が大半で、その多くがスズメバチの幼虫を採集しているときに起こっています。 つまり、そこにあるリスクを承知の上での事故がほとんどです。 |
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ところが、ヒアリはそうではありません。ヒアリは侵入性のアリによくあるように開けた場所、 例えば公園や新興住宅地に生息しています。米国での被害は、公園に遊びに来た親がベビーカーをヒアリの巣の上に放置してしまい、 怒ったヒアリがベビーカーの中の子供を刺し殺してしまうというケースが多いのです。テキサス1州で、わたしが滞在していた2002年度、 乳幼児の死者が6人も 出ているのです。子育てをしている親にとって、こんなに悲惨なことはないでしょう。 |
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米国はこのヒアリによる被害が年間30億ドル(約3000億円!)に上ると試算されています。そして、 今後この額が減る見込みはな いとされています。 |
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現在、ヒアリは日本には侵入していません。しかし、台湾、オーストラリア、中国本土に侵入し、定着してしまいました。 台湾、 オーストラリアではすでに国家規模で駆除対策を練らなくてはならなくなっています。つまり、日本はヒアリに包囲された状態な のです。日本はなんとか水際で阻止しなくては、とアリ学者として気持ちを引き締めている日々です。 |
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| 村上 貴弘(北海道教育大学・生態学) | |
2008年3月27日、北京の中心街に位置する一つのビルにおいて、 MEP(環境省、Ministry of Environmental Protection)の発足を祝う式典が催されたが、それはわずか5分間で終了した。 しかし式典の時間的な短さは、新たな中央環境行政機関の任務が軽いことを意味しているわけではない。むしろ、 MEPの任務―環境と調和した形での開発を進める方向に国を導く―は、公益の増進という目標達成の前提条件とみなされつつある。Zhou Shengxian 大臣が真新しいネームプレートを披露した際、 Pan Yue 副大臣は、“環境保護に携わるすべての人々が待ち望んでいた瞬間だ”と述べた。 |
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MEPはSEPA(環境庁、State Environmental Protection Administration)が省レベルへ昇格した組織であるが、 それを取り巻く状況は深刻である。政府の統計が示すところによれば、全国の4分の1以上の淡水が水質基準を満たしていない。また、 全都市の3分の1以上の大気質が良好とはいえず、汚染は郊外へと拡大しつつある。加えて、さまざまな環境関連の事故が頻発している。 もちろん、その他のいかなる機関よりも、かかる事態の緊急性を認識しているのはMEPそれ自身である。 |
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冒頭で紹介した式典が終わるやいなや、Zhou 大臣と高官たちは検討会議のために、ビルの一室へ駈け込んでいった。 |
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MEPの新たな任務は[Li Jing 氏が本稿を執筆した2008年3月の時点において]詳細には発表されていないが、Zhou 大臣によれば、MEPは“これまでの急速な成長から生み出された環境問題を処理するとともに、新たな問題の発生を抑えるための手法を開発・実践していく”ことになるという。そして、こうした手法には法律の執行の強化と市場メカニズムの利用が含まれると述べている。そして、その後開催されたある会合において、Zhou 大臣は違法行為に対する執行を厳格化することを宣言した。この宣言は、汚染行為に対して弱腰であったSEPA(環境庁。MEPの前身)に対する社会的な批判の高まりへの対応と捉えられている。Zhou 大臣によれば、MEPは汚染行為を訴追するためのより大きな権限を与えられるだろうとのことであった。 |
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後編に続く |
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* 原文【英語】 |
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Li Jing(China Daily 記者) |
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以前に外来侵入アリ種について書きました(肉食アリのグローバル戦略)が、今回はもっと怖い話をします。 そのアリの名は「fire ant」。日本ではヒアリと呼ばれています。咬まれたところが火の出るように痛むことから、そう呼ばれています。 わたしも実際に米国のテキサスで咬まれましたが、独特の痛痒さが1週間も続き、水ぶくれもできてしまいました。 |
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このアリは、保全生態学では非常に有名なアリです。それは、レイチェル・カーソンが「沈黙の春」(新潮文庫)の中で ヒアリについて数十ページを割いているからです。その中で彼女は、米国の農務省のとった大規模なヒアリ駆除対策を農薬製造業者と農務省との癒着であり、 効果がないばかりか環境にとってこれほど甚大な悪影響はない、と批判しています。さらに彼女は、ヒアリの米国国内での被害をほとんどないと断じ、 大規模に駆除を行う必要性はない、と説いています。 |
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カーソンの「沈黙の春」はご存知のように世界中の農薬(特にDDTやBHC)による防虫に大転換をもたらしました。 その結果、ヒアリの駆除対策は凍結され、数十年が流れました。 |
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その結果はどうなったと思いますか? 非常に残念なことに、ヒアリは米国南部を占拠し、そこに生息するさまざまな生物の個体群を滅茶苦茶にしてしまいました。わたしがテキサスで貴重なアリ(1900年代に記録のあった)を探したときには、ことごとくヒアリに荒らされており、希少なアリも含めてほとんどの土壌性昆虫類が絶滅に近い状態になっていました。つまり、ヒアリは、生物多様性の維持にとって、驚異的な悪影響を与える存在になってしまったのです。 |
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レイチェル・カーソンの書は、保全生態学の観点から非常に重要とされますが、このヒアリやマラリアの例(スリランカではマラリアによる死者がDDTの使用禁止により29人から60万人にまで増加してしまいました)などを考えると、非常に複雑な気持ちになってしまいます。保全生態とは、複合的な要因を多角的に検討し、継続的に調査を行い、計画の練り直しを必要とする根気のいるものなのです。 |
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<参考文献> |
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| 村上 貴弘(北海道教育大学・生態学) | |
アジア開発銀行は『マーシャル諸島 私営企業の分析――改革を通じた成長の促進』と題した報告書を2003年発表し、 土地制度改革の必要性がマーシャル諸島政府に勧告されました。マーシャル諸島の土地に担保価値がつけられない、土地の賃貸制度が十分確立していない、 これでは外資が呼び込める経済環境とはいえず、経済成長ができないというわけです。 |
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また駐マーシャル諸島日本大使館で専門調査員を務めた黒崎岳大氏は 「都市部で、従来の権威、土地支配にとらわれない新たな有権者が急増」しているとも指摘します。 前編で紹介したマーシャル諸島の土地制度は、過去のものとなりつつあるのでしょうか。 |
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マーシャル諸島共和国にはパスポートがあれば入国できますが、 地方の島々を訪れるには、パスポートより大切なものがあります。それは事前の承諾です。明文化されていませんが、 書類よりも口約束が大きな意味をもち、直接会うことが大切です。 |
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土地の権利者との関係性を損ねて、スーパーが閉鎖に追い込まれることがありますし、 学校が一時閉鎖されたり、牧師が島から追い出されたりすることもあります。マーシャル諸島の土地制度は、排他的な側面をもっています。 |
![]() 独立記念日 |
こういえば否定的な印象をもたれた方もいるでしょう。ただ反面「生物多様性」に馴染みのある言葉を使えば、 マーシャル諸島の土地制度は「外来種」の無秩序な流入を防いでいるともいえます。 |
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またマーシャル諸島の土地は、外に絶えず閉じているわけではありません。ニライカナイの思想なのか、 「来るものは誰でも迎えるのが、この地の習わし」とある住民は語ります。家族同然のように私を受け入れた地域もありました。地域で濃淡はありますが、 マーシャル諸島の土地は、見知らぬものでも受け入れる懐の深さも併せもっているといえます。 |
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先に紹介したアジア開発銀行の報告書で、マーシャル諸島の土地制度は経済成長の阻害要因だと捉えられています。 現金経済が浸透するなかで、今の土地制度は経済活動の自由を奪う側面があることは確かです。しかし現金経済だけでなく、 地方を中心に息づく自給経済も、併せてとらえなくては、マーシャル諸島全体の経済の実像は見えてはきません。 |
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マーシャル諸島のとりわけ北部の土地は、タロイモすら育ちにくい土壌で、豊かな植生とは言えません。 しかし土地から生産された希少な植物を多彩に有効利用する知恵を島の人はもっています。 |
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ココヤシを例に説明しましょう。ヤシの実はまるで出世魚のように、成長段階に応じて、 「ニー」「ワイニー」「ユー」と名を変えます。成長段階に応じて、飲料や食料、さらにはヤシ油の原料となるコプラ生産など多様な用途に、 実は用いられます。殻はコップや細工物にもなります。細かく刻むと炭火にもなります。樹液は飲料になり、酒や酢にも変身します。 葉は編んで皿や敷物になります。葉の茎からは、真っ白な糸が紡ぎだされ、手工芸品をつくるのに欠かせません。樹皮は火おこしのときに重宝しますし、 枝はホウキにもなります。ヤシ一つでも、これだけ生活を支えているのです。 |
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環礁をとりまく小さな島々は、大半が無人島ですが、ここも生活には欠かせない土地です。植物や海鳥の採取、 あるいはコプラ生産、さらにはレクリエーションの場としても活用されます。「里地」とでも言えましょうか。 総有制の土地の権利がここにも設定されています。無人島は無主地ではありません。 |
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生活圏は海にも広がりをもっています。環礁の内側にひろがる礁湖・ラグーンは、 漁労の場としての利用はもちろんのこと、第二の生活場ともいえる「小さな島々」と「居住地」をむすぶ「海の道」にもなっています。 その環礁に土地の権利をもつ人全員にラグーンは開かれています。 |
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では都市に暮らす人はどうなのでしょうか。マーシャル諸島でも、自分の土地を離れ、 都市に暮らす人が増えています。都市で給与生活を送る人は一見、自分の土地との関係性が切れているように見えます。 |
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しかし自分の土地がある所から首都マジュロに出てきていても、大半の人は、「マジュロの人」だとは 自己規定しません。自分の土地がある地域の名を出して「●●の人」だと自己紹介をするのが一般的です。たとえ都会で生まれ育った人も大半はそうです。 自分の土地は、自己のアイデンティティーを形成する源になっているのです。 |
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マーシャル諸島では、住んでいなくても、自分の土地がある場所を自分の選挙区に設定することができます。 2003年の総選挙では60%弱の人が、居住はしていないが自分の土地がある所を自分の選挙区にしていました。 |
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自治体も、同じ環礁に住む人よりも、同じ環礁に土地の権利をもつ人の集合体との側面を強くもっています。 どこに住むかより、どこに土地の権利をもっているかが、マーシャル諸島の社会ではまだまだ重要なのです。 |
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マーシャル諸島共和国憲法では、第10条で、土地の伝統的権利は慣習に基づき維持され、 土地の譲渡や処分は合法的ではないと規定されています。さらに第6条で伝統権利裁判所が設けられ、 土地の権利調整が慣習に基づき図られる仕組みが憲法上規定されています。 |
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以上で見てきたように、土地の制度改革を求める声や、首長の権威の低下、現金経済化、 さらには人口が都市に流れる傾向がマーシャル諸島でもありますが、土地と人びとの生活はまだまだ深く結びついています。 土地の慣習を踏襲し近代国家の形成がなされている点も注目されます。 |
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(マーシャル諸島を知ってみたい方へ) |
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| 竹峰誠一郎(三重大学) | |
日本から東に目を向けると、世界地図では点のようにしか見えませんが、ミクロネシアと呼ばれる太平洋の海世界が広がっています。 |
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マーシャル諸島は29の環礁と5つの島々から構成されています。環礁とは、単独の島ではなく、 小さな島々が輪を描くように連なっています。内側にはラグーンと呼ばれる湖のような穏やかな海が広がり、 外側には太平洋の大海原が広がっています。その美しさは「真珠の首飾り」とも称されます。 |
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1986年マーシャル諸島は、アメリカと自由連合協定を締結し独立しました。国連にも加盟していますが、 総面積は181平方キロと、沖縄県の10分の1に満たない土地に、約5万7000人(2006年推定)が暮らしています。 |
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マーシャル諸島では、お金をいくら積んでも土地は買えません。土地は売ったり買ったりするのではなく、 マーシャル人として生まれたら自動的に付与されるものです。付与された土地は、誰かに売りわたすことはありません。 ですから不動産屋はマーシャル諸島にはありません。 |
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マーシャル諸島の土地は、地域住民が主体となって共同で管理されています。私有財産制ではないのです。 国有地・公有地もマーシャル諸島にはありません。 |
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「××はわたしの土地」、「わたしは××に土地をもっている」という言い方を住民はします。 しかし土地の所有権をもっているわけではありません。利用権をもっているという意味です。利用権をもつ土地には、 自由に出入りができます。何かを植えたり、採ったり、あるいは建物を建てたりなど誰の承諾を得ずにできます。 |
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一つひとつの土地区画には、利用権をもつ「リジェロバル」が複数います。加えてその土地の 日常的な管理に責任をもつ「アラップ」と呼ばれる人がいます。「アラップ」は、利用権者であるとともに、その土地の管理責任者でもあります。 さらにその土地を名目上所有している「イロジ」と呼ばれる首長がいます。つまりマーシャル諸島の土地管理は三層構造になっているわけです。 |
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首長は土地制度を背景にした権力をもっています。行事では必ず来賓席に迎えられますし、 土地を利用している「リジェロバル」から首長に対し、その土地から収穫したものを貢ぐ光景は今でも広く見られます。 |
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ただ首長=地主とは必ずしもいえません。たとえばマーシャル諸島で公共事業をするとき、 該当する土地の首長の同意だけでは不十分です。土地管理者である「アラップ」の承諾、さらに利用権をもつ「リジェロバル」の 代表者の承諾も必要になります。外部の者がその土地を利用する場合、首長であっても単独で土地利用を進めることはできない仕組みになっているのです。 |
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外部の者がその土地を買うことはできないので、借りることになります。ただ土地には値段がつけられていません。 都市部では外国人相手や政府機関には、賃貸料を請求するケースが近年はみられますが、マーシャル人同士なら、都市部でもただ同然で、 その土地に家を建てさせているケースが一般的です。そこには「チバン」と呼ばれる分かち合いの精神が働きます。 |
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マーシャル諸島の土地は、個人の私的所有ではなく、商品化されてはいません。また行政の公的管理でもなく、 地域住民の共的管理がなされています。「コモンズの悲劇」として、ギャレット・ハーディングが否定的あるいは消えていくべきものとみなした 「共有地」や「入会権」が、マーシャル諸島では今も息づいているのです。 |
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こうしたマーシャル諸島の土地制度は、崩れていく方向にあるのでしょうか。土地がもつ多様な機能にも注目しながら、 マーシャル諸島の土地制度の現状と未来を後編ではみていきたいと思います(続く)。 |
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<参考文献> |
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| 竹峰誠一郎(三重大学) | |
皆さんは、ススキやキキョウを知っていますか? ススキを見たことがない方は、おそらくほとんどいないでしょう。 しかし、野に咲くキキョウとなると、見たことがある方はどれぐらいいるでしょうか。実は、ススキもキキョウも秋の七草として歌に詠まれ、 古くから人々の身近にあり親しまれてきた野草といわれています。その身近にあった植物の一つであるキキョウが、絶滅が心配される「絶滅危惧2類」 に指定されています。なぜキキョウは、絶滅が危惧されるようになったのでしょうか。今回は、里地と里山の境界部分に位置し、キキョウの生息地である 「すそ刈り草地(図1)」から生物多様性の一面を紹介します。 |
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キキョウは、紫色の花を可憐に咲かせる美しい野草です。種子と根で繁殖する多年草で、日当たりのよい林内や草地で生育します。 キキョウは、すそ刈り草地とよばれる林部部分と水田などの境界、いわゆる里山と里地の境界部分に見られます。 すそ刈り草地は、歴史的には肥料として用いるための草を刈る場所として利用され、現在は営農のために刈り取られている部分です。 放っておくと木本種が成長し、林となっていく部分なので、かつては人の手によって遷移が妨げられてきた場所ですが、 化学肥料への転換や、最近の耕作放棄によって遷移の進行が見られるようになってきました。 |
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生物多様性国家戦略の3つ危機の、第2の危機(里地里山などにおける人間活動の縮小による危機)としてあげられているものです。 キキョウが減少してきた理由にも、こうした利用の低下(=人間活動の縮小)があげられています。そして、すそ刈り草地は、キキョウだけでなく、 多くの植物種が存在し生物多様性が高いとされている部分なのです。このように、人が利用し農業を営むことで維持されてきたすそ刈り草地には、 「生物多様性を維持する場所」という一面を見ることができます。 |
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それでは、キキョウや生物多様性保全のために、放棄された場所は、農業などの利用を再開するべきなのでしょうか? キキョウの減少はやむを得ないので放って置くべきなのでしょうか? そして、この「~すべき」を決めるのは、誰でどういう理由からなのでしょうか? |
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ここでなぜ利用が減ってしまったかという点に立ち戻ると、農業者の高齢化や条件不利地であることなどから耕作が放棄されるという 現状があります。そこには、社会の変化から土地利用者の状況まで、人間の側のさまざまな事情があり、その場所における人と自然の関係の変化を見ることができます。 そして、この変化に自然環境が応答した結果の一つとして、キキョウの減少があることがわかります。この関係変化をどうするのか、すなわち、 上の「~すべき」を決めるのは、私たちがそこにどんな価値を見出すかによるのではないでしょうか。 |
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ある人は文化的な価値を見出し、またある人は科学的な機能としての価値を見出すかもしれません。 その一方で、変化する価値を重視する人もいるでしょう。さまざまな価値観の中で、方向を決めるための決定打はなく、「生物多様性をなぜ守るのか?」 という根本の問いの重要性を感じます。 |
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<参考文献> |
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| 吉田 聡子(全国農業協同組合中央会) | |
1:その他の減少要因として、土地改変、採集、農薬の利用などがあげられています。 つまり、生物多様性国家戦略でいう第1、第3の危機の側面もあるということです。 |
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2006年10月1日、イギリスで、「ナチュラル・イングランド(Natural England)」 と呼ばれる独立の非省公共団体が創設されました。この団体は、それまでさまざまな機関が個別に行っていた自然環境の保全 に関連する活動を統合した団体です。 |
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既存の諸機関の活動を引き継いだこともあり、ナチュラル・イングランドの活動内容は自然環境の保全を 中心に多岐にわたりますが、自然環境を活かしたレジャーの促進を通して、地方を活性化させるとともに、人々の心身の 健康増進をめざしている点など、わが国の観光および環境政策の観点からも興味深いものがあります。 |
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イギリスの田園地方は、農業地域、海岸線、川、牧草地、丘など多様な特徴を有しています。 その風景、文化遺産、静けさ等を求めて、わが国をはじめ海外からも多くの観光客が訪れることから、 同国の田園地方は極めて重要な観光資源と位置づけられています。そのため、同国の田園地方における自然環境のあり方が地域の 産業や経済に与える影響は極めて大きいといえます。 |
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現在、イギリスの地方の状況は、経済のグローバル化の影響などから急速に変化しており、 コミュニティが再形成されつつあります。その結果、都市部と地方というように単純に二分化することが困難となっています。 最も懸念されている事柄の一つは、ロンドンなどの都市部とのアクセスが良い地方は経済的にも繁栄していますが、アクセスが 悪く産業が衰退している地方では社会経済的格差が拡大していることです。田園地方の豊かな自然という観光資源を十分に活かし きれないまま、経済的立ち遅れに悩む地域も多くなっているのです。 |
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このような地方における変化を踏まえ、環境・食品・地方問題担当省(Department for Environment, Food & Rural Affairs: DEFRA)は「2004年地方戦略(Rural Strategy 2004)」を発表しました。当時は、イングランド自然保護評議会(English Nature)、地方開発サービス局(Rural Development Service)、田園地域庁(Countryside Agency)、森林委員会(Forestry Commission)および環境庁(Environment Agency)という5つの機関が、野生生物、景観、自然環境への人々のアクセスを改善するための諸活動を行っていました。 |
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しかし「2004年地方戦略」では、それまでこれらの機関が個別に取り扱っていた 自然に関するさまざまな業務を統合する新しい機関を設立し、自然遺産と人々をつなぐことが重要な課題とされていました。 というのは、複数の機関の活動が重複するにもかかわらず十分な調整がなされていない、コスト・パフォーマンスが低い、 諸機関の間で政策立案と執行の役割が不明確である等の問題が指摘されていたからです。その後、「2006年自然環境及び 地方コミュニティ法(Natural Environment and Rural Communities Act 2006)」が議会で可決されたことをうけて、 「2004年地方戦略」における持続可能な地方コミュニティの実現と田園地方の自然環境の保全の向上という目的を達成するため、 ナチュラル・イングランドという一つの機関(agency)が、独立した非省公共団体として正式に設立されたのです。 |
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わが国においては、観光立国推進基本法(平成18年法律第117号)第10条4項の規定に基づき、平成19年6月には、 観光立国推進基本計画が定められ、活力に満ちた地域社会を実現することが基本的な方針の一つとされています。それぞれの地域の 自然を活かした観光の持続的な発展の重要性は、今後ますます高まることでしょう。 |
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したがって、田園地方へのアクセスを拡充することで、自然資源の観光、さらにはその中でのレクリエーションを促進し、 「観光」産業を国民の健康管理政策にまで連携させたナチュラル・イングランドの活動について検討することは、わが国の観光および環境政策の研究にとり、 一定の示唆を与えてくれるものと考えます。 |
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参考文献:片山直子「英国における自然環境の保全とアウトドア・レクリエーションの振興―独立公共団体 ナチュラル・イングランド(Natural England)の検討を中心に―」日本観光学会「日本観光学会誌」第49号24~34頁(2008年)、片山直子「英国における生物 多様性の保全-ナチュラル・イングランドの取組みを中心に-」総合社会科学会「総合社会科学研究」第2集10号(20号)17~26頁(2008年)。 |
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| 片山 直子(兵庫県立大学) | |
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| コラム内の画像はG-Tool様からお借りしたものです | |
今回は、「世界で最も進んだ環境法」の一つといわれる1991年資源管理法 (Resource Management Act 1991)、通称RMAを紹介します。 |
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RMAは、特定の(開発)行為の善悪を最初から決めてしまのではなく、 その行為が環境へ及ぼす影響を「許容できる範囲内に収める」ことをめざします。 ですから、その環境影響が許容範囲内である限り、どのような開発行為でも進めてよい、 ということにもなります(もちろん、RMA以外の法律による個別の制限はいろいろあります)。 |
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重要なのは、そうした「許容範囲」を決めるのは国ではないことです。決めるのは地方自治体です。 たとえば、ダム建設のような行為についても、国ではなく、自治体独自の判断(基準)に基づいて、上に見たような手続が進められるのです。 「わが国でいえば開発許可基準を市町村自身が作成するようなもの」といえるでしょう。 |
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こうした仕組みの概要は次の通りです。自治体は、「許可申請が不要である行為」 「許可は得られるが、条件が付される可能性のある行為」「そもそも禁止されている行為」などを予め決めておきます。 「そもそも禁止されている行為」以外の行為の申請については、一定の場合、市民からの意見聴取や公聴会の開催がなされます。 市民の声を広く募り、それを踏まえて自治体が許可・不許可を決定するという仕組みです。 |
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ところが、ほとんどの場合(許可申請の90%以上)については、意見聴取も公聴会も行われていません。 この現実をどのように理解すればよいのでしょうか。 |
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実は、RMAの仕組みにおいては、舞台裏での協議(consultation)が活発になされています。 すなわち、開発許可の申請以前に、業者は、予定されている行為によって影響を受ける(であろう)市民との非公式の協議を行います。 |
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この協議を通じて、業者はさまざまな面で妥協することが少なくありません。当初の開発行為の中身が変更されていたり、 環境影響の緩和措置が採用されていたり、といった具合です。図を作ってみましたので、そちらをご覧ください。 |
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RMAの肝(きも)は、市民間でのこうした自主管理です。法律上の判断権を持つのは自治体ですが、 実質的な管理の主体は一般市民です。言い換えれば、RMAの下で、市民が自ら「許容しうる範囲の環境影響」を決めているといえそうです。 |
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<参考文献> |
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| 及川 敬貴(BAS事務局) | |
前編で、恐ろしい外来生物アルゼンチンアリが、あっという間に日本での分布範囲を拡大したことを紹介しました。 後編では、その続きを。 |
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世界に目を向けると、ヨーロッパのスペイン、イタリアの地中海沿岸はわずか数十年で、 アルゼンチンアリによって占拠されています。その分布範囲はなんと6,000km! |
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なぜ、こんなに繁殖力が強いのか?答えは、このアリの持つ2つのタイプの繁殖方法にあります。 通常、アリの巣には女王アリは一匹です。女王アリはその生涯にたった一度だけ結婚飛行を行い、交尾をして自ら翅を落とし、 新しい巣を作るのです(単女王制コロニーといいます)。しかし、交尾できなかったり、捕食されたり、巣を作るのに失敗したりと、 約95%の女王アリがそこで命を落とします。したがって、アリの分布が極端に広がることはありません。しかし、環境が厳しくなると、 アリも進化せざるを得なくなります。一つの巣の中に複数の女王アリが存在するようになります(多女王制コロニーといいます)。 |
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多女王制のアリは集団で安全に交尾を行い、集団で巣を作るか、元いた巣に戻ってきます。 そして、状況に応じて巣分かれしていったり、元々いた巣で子供を産んだりします。外に出て行った女王アリも、 もし巣を作るのに失敗したら元の巣に戻ればよいし、働きアリの行き来も可能なので、労働力不足に悩むこともない。良いこと尽くしです。 |
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自然な状態であれば、どちらのタイプが存在しても大きな問題にはなりません。 なぜなら、単女王制のアリの方が多女王性のアリよりケンカが強く、分布の拡大を防ぐ役割をしているのです。 つまり地元アルゼンチンでは、両方のタイプが共存し、平和な状態で安定しているのです。 しかも、アルゼンチン周辺では天敵となる昆虫類が豊富に存在するので、このアリ自体がそれほど繁殖できないのです。 |
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しかし、人間が経済活動を活発にさせると、問題がややこしくなるのですね。 材木や家具等に紛れ込んだアルゼンチンアリは、ここ50年で天敵のいない全世界を占拠してしまいました。そして、流出して分布を広げたのは多女王制のタイプだったのです。 駆除しようとしても女王アリがたくさんいては、駆除効果が著しく低下します。 |
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全く競合する相手のいないこのアリは、世界各地で今でも爆発的に分布を広げています。 心配なのは、昆虫層や小動物の個体群が破壊されると、例えば虫媒花などが受粉できなくなり農業に影響が出ることです。 アリといえども、侮れないのです! |
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国内分布図提供:廿日市市環境政策課様(アルゼンチンアリ) |
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| 村上 貴弘(北海道教育大学・生態学) | |
このホームページでも、少し前に外来生物の生物多様性についてのコラム (「外来種を含んだ生物多様性?」2008年6月25日掲載)が書かれていました。確かに、定着して しまった外来生物を排除することは生態系に与える影響が小さくないと思われます。 |
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これから大事になってくるのは、いかに生態系に悪影響を及ぼす外来生物を水際で食い止めるか、 にかかっているでしょう。ある外来生物が、その問題について非常に示唆に富んでいますので、紹介します。 |
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古来、日本ではアリは、スズメバチやシロアリと異なり、「害虫」ではなく「不快昆虫」に 位置づけられてきました。つまり、これまでアリは迷惑だが、どうしても排除しないといけない生き物ではなかったのですね。 ところが、この平和な状態を破る出来事がバブルのはじけた頃に起こっていたのです。 |
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1993年7月広島県廿日市市住吉二丁目、この町で、 あるアリが発見されました。その名は「アルゼンチンアリ」。このアリは、アルゼンチンを中心とした南米地域に生息する体長2.5 mmほどの茶褐色のアリです。見た目は何の変哲もないアリですが、動きが日本のアリと比べると格段に素早い。このアリがどうやって 廿日市市に侵入したのか、その経路はきちんと分かっていません。しかし、国際的な経済交流の発達により、 海外からの生物が侵入しやすくなっていて、特に港湾地域や空港のある地域ではいつでもこのような外来生物の侵入が 起こりうると考えたほうがいいでしょう。アルゼンチンアリは、その後1999年に広島市、神戸市、2001年に山口県 岩国市、柳井市、02年に広島県安芸郡、04年に広島県大竹市で生息が確認されています。10年間で、瀬戸内の海岸線に分布が拡大してしまいました。 2007年には愛知県田原市、神奈川県横浜市でも確認され、ついに瀬戸内以外にも溢れ出しています。 |
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このアルゼンチンアリは小さいながら肉食で、その地域の昆虫相など 小さな生物個体群を壊滅させます。現に廿日市市内ではアルゼンチンアリ以外のアリを見ることはほとんど不可能になってしまっています。 |
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さらに、人を咬んだり、食べ物にたかって衛生面で問題を起こすなど人間生活にも影響が出ています。 この地域では、ひと夏に費やすアルゼンチンアリの駆除費用は、多い家庭で10万円にもなると言われています。 外来生物の駆除は定着する前に!というのは、生物多様性の議論だけではなく、 経済的な面からも声を大にして主張していかないといけないでしょう。【後編へ続く】 |
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写真(上)の説明 : |
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参考(廿日市市のアルゼンチンアリに関する報告:)http://www.city.hatsukaichi.hiroshima.jp/kankyo_seikatsu/argentina/ant_10.html |
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| 村上 貴弘(北海道教育大学・生態学) | |
政府を相手に訴えを起こしたとき、政府内に自分の味方をしてくれる者がいたらどうでしょうか? 政府側の代理人が、自分に有利な主張をしてくれたらどうでしょうか? |
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訴訟といえば、両当事者がお互いに勝訴を目指して争い合うものとされています。 自己に有利な主張を精力的に行って相手を攻撃し、逆に自己に不利な材料はできるだけ表にさらさないようにして防御する。 これが一般的な訴訟の見方でしょう。そしてこうした訴訟の際の姿勢は、当事者が政府である場合でも同じというのが、 わが国の多くの人が抱くイメージのように思われます。ところが視野を他国にも広げてみると、やや異なる状況も存在しているようです。 アメリカ合衆国を参照してみましょう。 |
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連邦政府に関連する訴訟は、原則、司法省が担当することとされています。 司法省の職員が各省庁・委員会の弁護士になるわけです。そして、この司法省による訴訟の取り扱いでは、 時として、相手方の私人にとって有利な主張を行うこともあり、特に最高裁での司法省の訴訟活動では、この傾向が強いとされているようです。 |
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ある有名な事件を例にしたいと思います。スネール・ダーターといわれる魚の生息地で テネシー渓谷開発公社(TVA)がダム建設を行っていたことに関する、「テリコダム事件」(Tennessee Valley Authority v. Hill, 437 U.S. 153(1978))です。スネール・ダーターは、絶滅の危機にある種の法(Endangered Species Act: ESA)の絶滅危惧種として内務長官によって指定され、ダム建設地も絶滅危惧種の生息地とされていたため、 ESA違反を理由とした工事の差し止めを求める訴えが提起されました。 被告のTVAは、いわゆる政府関係法人で、司法省がTVAの訴訟を扱う運用が旧来から続いているようです。 |
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事件は最終的には最高裁に行き着きました。司法省による最高裁での訴訟の取り扱いは、 通常、省内のソリシター・ゼネラルというポストに配分されるのですが、この事件では珍しく、 司法長官が自ら口頭弁論を行っています。ここでの主張はTVAを擁護するものでした。 まさにTVAをクライアントとする弁護士として司法長官が法廷に立ったわけです。 |
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ところが提出されていた書面では、TVAを擁護する主張が展開される一方で、 スネール・ダーターは絶滅危惧種に該当し、ダムが完成すると絶滅してしまう、という内務長官の見解もしっかりと 記載されていました。この記載は、原告にとっては自己の主張を支持・補強する内容を含むものでしょう。 口頭弁論の記録でも当然、この記載に矛盾した司法長官の発言は見あたりません。 結局、判決は水門閉鎖の差し止めを命じるものとなりました。 |
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この書面内の記載については、環境政策に熱心だった当時のカーター政権による 政治的圧力の存在の指摘もあります。他にも、省庁間の見解調整・統一化のあり方や、政権の変更に伴う主張変更の是非など、 いろいろと考えなければならない事情が多くあります。評価には慎重さが必要でしょう。ただ、このテリコダム事件のような、 最高裁で相手方を利するような主張活動を行った例は、数はそう多くはないとはいえ、 他にも存在していると指摘されています。中には、原告と被告の双方側に交互に立って弁論を行った事件もあるようです。 |
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この根底には、政府の弁護士が真に目指すものは単なる勝訴ではない、 という考え方があるようです。訴訟が各省庁・委員会とは別個の組織(司法省)によって取り扱われるという しくみには、各省庁・委員会の勝訴への強い欲求から距離をとるという意義があることを述べる論者もいます。 確かに他方では、環境保護庁(EPA)のような汚染取締り機関の活動が司法省により妨げられている側面もあるといわれていますが、 こうしたアメリカ合衆国の状況とその背景にある考え方は興味深く思われます。 |
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実はわが国政府の訴訟の取り扱いについても、このアメリカの制度を戦後期に 導入したとされています。両国を比較する視点を持ちながら、今後の運用状況に注目したいと考えています。 |
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参考文献1:畠山武道『アメリカの環境保護法 |
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参考文献2:北見宏介「政府の訴訟活動における機関利益と公共の利益(一)―司法省による「合衆国の利益」の実現をめぐって―」北大法学論集58巻6号37頁以下 |
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| 北見 宏介(北海道大学) | |
■ 2008/10/03 オランウータン保護の最前線
-絶滅シナリオを書きかえるために
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UNEP(国連環境計画)の事務局長クラウス・テプファーが「あと1分で絶滅する」と警告している野生生物がいます。 オランウータンなどの大型猿人類です。アジア地域にもそうした猿人類が生息していることをご存知の方も多いでしょう。 インドネシアとマレーシアの国境線が横切る島、カリマンタン島の熱帯雨林に生息するボルネオ・オランウータンです。 |
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20世紀後半の大量移民や農地開拓、近年のパームオイル・プランテーションの増加などの影響により、 その熱帯雨林は急激に消失し、棲家を失ったオランウータンが刻一刻と絶滅に近づいています。少しでもその 「絶滅予定日を延ばそう」と、現在懸命な保護活動が行われています。 |
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たとえば、東カリマンタンに拠点をおく環境NGO(注1)であるBOSF(ボルネオ・オランウータン保護財団、Borneo Orangutan Survival Foundation)は、「オランウータンを森に帰すプロジェクト」に取り組んでいます。棲家を失って保護されたオランウータンは、 リハビリセンターで森に帰るための訓練を受けますが、森に放されると再び乱獲に巻き込まれ、もとの野生個体群に戻れないという問題がありました。 そこでBOSFでは、野生個体群が生息していない森に、リハビリを受けたオランウータンを放つという、新しいアプローチを試みています。 この手法に対しては、「もとの環境に近い森に帰すべき」という意見もありますが、開発伐採の波によって、「もとの森」自体が消滅しつつあるのが実状です。 |
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西カリマンタンで隣接する二つの国の野生生物保護区、Lanjak Entimau 野生生物サンクチュアリ(マレーシア)とBetung Kerihun 国立公園(インドネシア)」では、1994年、その国境付近に、越境型生物多様性保全地区(Transboundary Biodiversity Conservation Area)が設置されました。そこでは、両国政府が、オランウータンをはじめとする生物多様性を保護することに合意しました。法律や政策の異なる複数の国が、 国境を跨ぐ生物多様性のために協働する可能性を示した先進的な試みです。この国境付近には、オランウータンの大きな個体群が存在しているため、 二つの野生生物保護区のオランウータン保護区としての役割が期待されています。 |
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そして2007年、インドネシア森林省が「オランウータン保護計画戦略2007-2017」(注2)を発表しました。 これは政府だけでなく研究者、多くのNGO関係者を巻き込んで策定されたものです。具体的な計画は全5分野74項目あり、 全てに実施期間、担当機関、優先順位が明記され、また各項目が実施されたかどうかを評価する指標が盛り込まれています。 |
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インドネシアでは、国土の森林所有権をすべて国が握っています。それゆえ、 所有権者としての国が「森に棲む人(オランウータンとは、マレー語で「森に棲む人」を意味します)」 の保護に積極的に乗り出したことは、大きな意味を持っており、NGO等による既存の活動を活性化させるものと考えられます。 |
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冒頭でふれたように、ボルネオ・オランウータン保護活動の目的は「絶滅を避ける」 ことではなく 「絶滅を遅らせること」となりつつあります。しかしながら、世界有数の資源大国であるインドネシアが、 自らが豊かな生物多様性の所有国でもあることを、そして、その深遠な価値を認めはじめました。インドネシア (およびマレーシア)がさらに生物多様性への自覚を深め、それに国際社会が適切に呼応しうるならば、 「森に棲む人」の絶滅シナリオは、ひょっとしたら書きかえられるのかもしれません。 |
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| 沼本 瞳(横浜国立大学大学院・博士前期課程) | |
注1:厳密にいえば、BOSFはインドネシア語の yayasan、日本語でいうところの 財団 にあたります。 |
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注2:現在、BAS事務局にて、この戦略の邦訳作業を行っています。 |
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■ 2008/8/22 ドイツの5色ボールペン!?-環境政策と公文書管理
数年前に、環境政策に関する文献調査のため3週間ほどボンのドイツ連邦環境省に お邪魔したことがある。ライン川沿いの低層の建物であった。 調査のために訪問した私に提供されたのが 個室であり恐縮したのだが、部屋というもののほとんどが個室であった。 事務担当の半日勤務の女性も個室の住人であったのには、いささか驚いた。 |
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さて、お茶の時間にお誘いを受けたり、こちらから質問にうかがっているうちに、 何人かの官僚のお部屋にはいる機会があったのだが、部屋の中の様子に驚いた。 日本の官庁の印象といえば、書類の中に人が埋もれているというものであったが、 ここでは個人居室においてある書類は、ごく限られたものであった。 壁面には書類や本が詰まった棚があるのではなく、家族や趣味の写真が美しく飾られている場合がほとんどであった。 30平方メートル前後の大きさの部屋には、大きなテーブルと座り心地の良さそうな椅子のほかには、 コンピュータとドイツでよく見かける書類ファイルがいくらかある以外は、がらんとしていた。 こんなに何もない部屋で果たして仕事ができるのだろうかというのが、第一印象であった。 |
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しかし、このようなすっきりとした個人居室の光景は、ドイツの公文書管理のあり方とも関係していることが、 徐々にわかってきた。つまり、現在担当している案件に関する文書は、各官僚の机の上、あるいはその周辺にあるのだが、 既に解決済みの、法令の草案、省内会議の議事録、担当者間でやりとりされた電子メールのコピー、 業界団体や環境保護団体等が送付してきた意見書といった文書は、同じフロアーにある各課の文書保管室に、 細分化されたテーマごとに格納されている。文書保管室には過去数年分の公文書が保管されているが、 一定期間を経たものは、ボン郊外にある中間文書館、さらにのちにはコブレンツの連邦公文書館に移送され保管される。 |
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日常業務のなかで過去の文書を読む必要が生じた場合には、目と鼻の先にある文書保管室に行けば用が足りる。 個人居室がすっきりとしていたのも、公文書管理が行き届いており、文書を自室に抱え込んでおく必要がないためであった。 |
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このように管理していれば、どこかの国のように公文書がかつての担当者の机や書棚のなかで私物と紛れてしまい、 異動とともにどこかに消えてしまうという事態も起きない。また、法令改正時には課の文書保管室に行けば、 新任の担当者であっても、かつての制定の経緯、省内での議論の過程、各種団体や世論の動向を把握することができる。 |
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さらに、驚くべきことに、法令の草案等を修正する場合には、誰が修正を施したのかがわかるように、 職位に応じて特定の色のペンを使用するように定められている。すなわち、大臣は緑色、次官は赤色、 局長は青色、部長は茶色、課長は黒色のペンで修正するのであり、責任の所在が明確である。 |
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このような公文書管理のあり方から「恩恵」を受けるのは、自室を広々と使え、また過去の文書に 容易にアクセス可能な官僚諸氏のみではない。本来、国民ひとりひとりが、公文書から多くを知ることが できるはずだ。例えば、あるすばらしい(あるいは欠陥が多い)政策や法制が、 なぜ、そして、いかにして 生み出されたのかを知るうえで、公文書は多くのことを語るはずである。 そういう意味で、公文書管理を なおざりにしてきたわが国は、公文書を通じて過去から学ぶことを放棄してきたといえる。 |
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わが国でも、昨今、公文書管理法制定に向けた動きが本格化し、そのための担当大臣も任命されたが、 環境政策のみならず公文書管理においてもドイツから学ぶことは少なくないようである。 |
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| 喜多川 進(山梨大学・環境政策学) | |
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森林があるとします。国有林であると仮定しましょう。 それはさまざまな形で利用・保全されるはずです。 もちろん、その際には一定のルールがあるに違いありません。 |
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アメリカでは国有林管理法という法律に基づき、 農務省森林局という役所が中心となって詳しい計画を作り、 それに基づいて木々の伐採や環境保護のための ゾーニング(区域を指定して、その中で一定の行為を規制すること)等が 行われることになっています。 |
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それでは、地元の人々がそのような計画に反対し、 自分たちの手で新たな計画を作り、その中で、もっと たくさんの木々を伐採し、環境保護のための区域をも う少し小さくしたい、と言い出したら一体どうなるでしょうか。 |
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1992年、カリフォルニア州の北部にあるクインシー(Quincy)という小さな町で、物語は始まりました。 森林伐採をめぐって、数十年間ケンカばかりしてきた環境保護派と開発派の人々が、 地域の図書館に集まって話し合いを始めたのです。なぜ図書館だったのか? 図書館であれば、 興奮しやすい人々も怒鳴ったり取っ組み合いをしたりできないだろうと考えられたからだそうです(?)。 その真偽はさておき、図書館(Quincy Library)に集まった人々は、いつしかQLG(Quincy Library Group)と呼ばれるようになりました。 |
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QLGのメンバーは歴史的な合意に達し、 森林局が示していた森林管理計画案よりも、もっとたくさんの木々を伐採し、 フクロウの保護区をもっと小さくすること等を内容とする新しい計画案を作りました。 そして、これを計画案とするように森林局に迫りましたが、 もちろん森林局がうんと言うはずはありません。 |
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QLGはとうとう首都ワシントンDCへ、 つまり、連邦議会へ乗り込みました。地域のみんなの合意に基づいて作られた計画で、 その地域の森林は管理されるべきだ、と主張したのです。紆余曲折の結果、 QLGの提案した計画に基づいて、その地域の森林を管理するための法律が制定されました。 クインシーの地域だけに適用される特別な法律です。 |
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連邦議会での議論や法律の中身については別な機会に紹介する予定ですが、 QLGの物語から、わたしたちは考えるべき重要な問いをいくつも引き出すことができます。 クインシーから遠く離れて住んでいる人々はなぜクインシーの森林管理のあり方に口を挟むことができるのでしょうか? クインシーの人々が自らの生活の場である森林の使い方を決めることは民主的なのではないでしょうか? QLGの新しい計画が実施されることでフクロウが絶滅することになったらどうなるのでしょうか? 絶滅危惧種は何があっても保護しなければならないものではないのでしょうか? さまざまな疑問が湧き出ては、「森林は誰のものか?」という一つの問いへ向かって流れ込んでいきます。 |
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| 及川 敬貴(BAS事務局) | |
| 参考:QLGホームページ(英語) (http://www.qlg.org/) |
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低炭素社会の実現に向けた新たな取組が世界各地で始まっています。 カリフォルニア州のLCFS(低炭素燃料基準、Low Carbon Fuel Standard)もその一つです。 |
![]() マンハッタンの街並 |
2007年1月18日、シュワルツネッガー知事の行政命令によって導入が決定しました。 LCFSは、州内の輸送用燃料(ガソリンや天然ガスなど)の供給者に対し、 2020年までに燃料中の炭素含有率を10%削減することを求めるものです。 いわゆる燃費の規制は各国で行われていますが、 燃料に含まれる炭素量の低減をめざした規制としては、 世界で初めての試みといわれています。 |
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生物多様性との関係で注目すべきは、炭素量の測定の仕組みです。 LCFSでは、燃料を使用するときの炭素量だけをカウントするのではありません。 燃料を製造・輸送するときの炭素量もカウントしようとしています。 |
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燃料の「ライフサイクル」まで念頭に入れることが、 生物多様性の保全にとって、どのような意味で重要になるのでしょうか。 |
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たとえば、LCFSは、化石燃料からバイオ燃料への転換を促進するかもしれません。 しかし、その転換によって、バイオ燃料用の作物栽培を目的とした単一的・集約的な農業が進む可能性があります。 |
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そうした形態の農業では、(大型機械からのより多くの炭素の排出とともに) 生物多様性の減少という結果を招くおそれがあるのです。 |
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やみくもに炭素を低減しようとすれば、別のリスク(例:生物多様性の減少) を高めることにもなりかねません。こうした現象の回避が「正義」の観点から求められる場合が あることを指摘した報告書があります。2007年8月1日に出されたLCFSの政策分析レポートです。 そこでは、LCFSにおいて燃料のライフサイクルを念頭に入れる必要性を 「環境正義と持続可能性(environmental justice and sustainability)」という枠組みで捉えてみせました。 |
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正義が意味するところは、時代や社会によって変わるものです。 低炭素社会における環境正義の中身について、わたしたちは考えることができるし、そうしなければなりません。 |
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| 及川 敬貴(BAS事務局) | |
参考:LCFS政策分析レポート |
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アライグマ、カミツキガメ、セアカゴケグモなどの外来種が世間を騒がせています。 これらの外来種もまた生物多様性の一部として保全されるということはありえるでしょうか? |
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一部の外来種によってもたらされる甚大な被害を考えれば、 保全などもってのほかということになるでしょう。 しかし、里地・里山などの「二次的自然」が生物多様性の一部であることを考えれば、 外来種もまた保全の対象となりうるようにも思われます。 |
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この問題について、ニュージーランドがおもしろい考え方を採用しています。 ニュージーランドの生物多様性国家戦略では、 全体的な生物多様性という包括的な概念の下で、 ①固有の生物多様性と②外来種を含んだ生物多様性という概念が立てられています。 これらの定義は戦略中には見当たらないのですが、戦略を読むと、 ①は、ニュージーランドに自生している生物種からなる生物多様性を指し、 ②は、人間活動にともなって同国に意図的または非意図的に導入された 生物種を含んだ生物多様性を指していることがわかります。 |
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ただし、ニュージーランドの戦略では、 ①と②を同等に保全しようとするものではありません。 戦略の焦点は、基本的に、①の保全に向けられます。たとえば、 ニュージーランドの戦略では 「生物多様性の金銭評価」 が行われています(これについては、別のコラムで取り上げる予定です)が、 評価の対象は①に限られています(①からもたらされる 年間価値(1994年当時)は2300億NZドル(約18兆4千億円)と計算されました)。 |
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それでは、②が保全されるのはどのような場合なのでしょうか。戦略では、次の二つの場合が挙げられています。 |
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ニュージーランドのシンボル(?)でもある羊がその典型例です。 |
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もう一つは、その外来種が「国際的な観点から価値をもつようになる」 場合です。少しわかりにくいかもしれませんが、 たとえば、ニュージーランドで駆除の対象とされている 外来種が、原産国で絶滅してしまったため、 国際的な見地から希少価値を有するような場合が想定されています。 |
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昨日まで駆除の対象であった外来種が今日からは 生物多様性の一部として保全されるかもしれません。 冒頭の問いへの答えは、 「生物多様性」という言葉にどのような意味を 持たせるかにかかっているといえるでしょう。 |
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| 及川 敬貴(BAS事務局) | |